問15 「調子のお手玉」(医学、医術1)
15.「調子のお手玉」
~調子が悪い時に、別の部分が冴えていることがある~(医学医術1)
某病院の総婦長さんを外来で定期的に診察させて頂いている。医療スタッフ525名を取り仕切る重圧のかかる役職についていらっしゃる。婦長さんは腰痛と、股関節の痛みがあり、歩行時のみならず、立位・座位でも鈍痛を自覚するという。しかし自分の職業柄、その痛みが相当に酷いのか?いままでの自らの看護歴の中でもっともっと痛みの強い方も当然診てきたので、自分の痛みはまだまだ大したものではないのではないのか?などと考えるという。また役職であるので、自分が痛みで泣き言を言っていると、組織に与える影響も大きい気がして・・と考えるという。
我慢している力が大きいのだ。
先日、彼女がある用事で京都を訪れた時に、自転車に乗る機会があったという。自転車に乗って京都の町並みを散策したそうだ。それは僅か数分の限られた時間であったそうであるが、本当に心地が良かったとおっしゃっていた。
「この時間がずっと続けばいいのに・・」と思ったそうだ。
この話を聞いて私は、普段「動くこと」がよっぽど辛いのだろうなあ・・と容易に想像ができた。
彼女は続けて、「この様に痛みで思うように動けないときは、自分の中の別の部分・・例えば意識やそんなものが冴え渡ることがあるんです」と話された。私はひどく同感した。そのようなことは日常でよく経験するからだ。
身体のある部分や、又は運気みたいなものの調子が悪い時は、その一方で、別の身体の部分が凄く調子が良かったり、全く別方向の運気が上昇したりする事がある。確かにある。
例えば、お手玉を真ん中で握りつぶして左右二個の部分に分けた時、一方を小さくすると、一方は随分大きくなっている。また大きくなっている部分の方を考えると、その反対は随分小さくなっているということだ。結局お手玉の中に入っている小豆の数は一緒である。小さくなっている部分のみ考えるか、発想の転換をするのかは、普段の生活の仕方が随分と変化するはずだ。
彼女は続けて、
「出来ることなら、週に一度は全部の病棟を回りたいんです!皆が働いているところを見て、私もお手伝いがしたい」
「この職である前に、私は看護師であるので、看護師の実際をしたいのです」
「私は患者さんが大好きだから・・」とおっしゃった。
この言葉に、私は頭をゴツン!と叩かれたくらいの衝撃を覚えた。私も医師で、整形外科である。整形外科の疾患を治すことが好きである。そのための職人性を追究する努力を今までにしてきた。しかし「整形外科の疾患を患っている患者」が好きなのではない。もっと平たく言うと「患者」そのものが好きかと言われるとそうではない。
その「患者」が悩んでいる対象の病気を取り払うのが好きなのである。未だかつて医者の話で「私は患者が好きだから・・」という話を私は一度も聞いたことがない。そして日本の医療制度では、医師のプロフェッショナルにそのことを期待し難い。
その後もしばらく話が続き、如何に若いスタッフを一人前に育て上げるか?如何に離職者の少ない環境をつくるか?医療崩壊に加えて、その病院は今、大改革の真っ直中にあるという。彼女の話を聞いているうちに、こちらがむしろ勇気づけられ、溌剌とした気分になったし、その病院で働いているスタッフは羨ましいなあ・・とまで思った。
中学生、高校生の皆さんには少し難しい話であったかも知れません。
野球のバッテイングの調子が悪い時は、「俺は今、ひょっとして守備の調子が凄くいいのかも?」なんて考えてみるのもいいでしょう。バッテイングも守備も調子が悪いときは、今の貴方は、授業中が一番冴え渡っている時間かも知れませんよ。
「調子のお手玉」を思ってみるのもいいかもしれませんね。